和歌山地方裁判所 昭和50年(ワ)59号 判決 1978年12月06日
原告 和歌山西部民主商工会
被告 国
代理人 篠原一幸 服部勝彦 柴岡厳 嶋村源 ほか五名
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一一五万円及びこれに対する昭和五〇年五月一八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙一記載の謝罪文を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各和歌山方面最下部に、縦三段抜き、横幅二〇センチメートルで、連続三日間掲載せよ。
3 被告は、別紙二記載の謝罪文と題するビラを、和歌山市内配布の毎日新聞朝刊四万枚以上に、折り込み広告せよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決及び仮執行宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四八年一〇月一日に和歌山市のほぼ西半分に事務所又は住所を有する中小商工業者により自主的に結成された団体で、その前身は、同三六年九月に同市及びその近辺に事業所又は住所を有する中小商工業者により結成された和歌山民主商工会であつて、その運動面及び組織面を原告において承継し、大資本本位の現在の政治の中で、不当に圧迫されている中小商工業者が、団結することによつて、重税に反対し、資金難を打開するなどして、右業者の営業と生活を擁護し、その社会的地位の向上を目的とする団体である。
2 被告は、大阪国税局及び和歌山税務署名義で、和歌山市内において購読される昭和五〇年二月二〇日付毎日新聞朝刊紙に折り込み広告として、別紙三記載のビラ(以下「本件ビラ」という。)を配布した。
3 本件ビラは、「民主商工会の宣伝にまどわされないようご注意ください」と題し、その内容は、これを読む人に、あたかも原告が、「好き勝手な金額」による税金の申告を勧めている「脱税」団体であるかのような評価を与えるもので、悪質かつ虚偽の文面である。
被告が、本件ビラを配布したのは、原告及びその会員の名誉及び信用を毀損、失遂させる目的であつて、被告の右行為は、刑法二三〇条一項(名誉毀損罪)及び同法二三三条(信用毀損罪)に該当する犯罪行為である。また、被告は、右行為により、原告と会員とを離反させ、原告の会員となつていない商工業者に対しては、税務当局が原告を嫌悪し、敵視していることを暗示して、原告への加入を妨害し、その他の人々に対しては、原告が虚偽の事実を宣伝したり、脱税を勧める団体であるかのような印象を与えて、原告を含む他の民主商工会への支持、支援をさせないようにする目的をも有していたもので、まさに原告の組織そのものを破壊する意図があつたというべきであり、被告の行為は、憲法二一条一項により保障された原告の結社の権利を侵害する憲法違反の行為である。
4 原告は、被告の右不法行為により、原告の有する結社の自由の権利を侵害され、原告の名誉及び信用を著しく毀損され、物心両面にわたり多大の損害を被つたが、右損害を金銭に見積もれば、金一〇〇万円を下らない。
また、原告は、和歌山税務署において、右不法行為に対する原告への謝罪及び損害の回復を求めたが、被告は、これに全く応じようとしないので、やむなく、原告代理人弁護士らに委任して本訴請求に及んだもので、原告が本件訴訟に関して右弁護士らに支払うべき弁護士費用のうち、金一五万円は、被告が、右不法行為により原告に賠償すべき相当な損害である。
5 よつて、原告は、被告に対し、前項の損害金合計金一一五万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五〇年五月一八日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、かつ、毀損された原告の名誉及び信用を回復するために、請求の趣旨第2・第3項記載のとおりの謝罪広告をなすことを求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
(認否)
1 請求原因第1項のうち、原告の前身が和歌山民主商工会であることは認めるが、その余は不知。
2 同第2項は認める。
3 同第3項は争う。
4 同第4項のうち、原告代表者外三名が、昭和五〇年二月二〇日午後二時ころから約三〇分間、和歌山税務署において、本件ビラの配布に対し、抗議したことは認めるが、その余は争う。
5 同第5項は争う。
(主張)
1 被告が、本件ビラを配布した経緯は、次に述べるとおりである。
すなわち、原告及びその前身である和歌山民主商工会は、従来から、ビラ配布等の方法により「税金は自分で決めるもの」との宣伝を繰り返していたところ、原告は、昭和五〇年一月七日付朝日新聞朝刊紙に折り込み広告として、「青色申告・法人のみなさんご存知ですか」と題する別紙四記載のビラを大量に配布したが、右ビラには、「税金は自分で決めるもの」「税務署が決めるものではありません」との文言を掲げたうえ、国税通則法一六条一項一号の一部だけを引用して「納めるべき税額は、納税者のする申告により確定する」と記載し、税務行政庁に申告是正権限のあることを規定した同条同項同号後段をことさらに欠落させており、あたかも税額が納税者の自由な一方的な申告のみで最終的に確定してしまうものであるかのような印象を与え、右ビラに接した納税者は好き勝手な申告をしてもそれで納付すべき税額が最終的に確定するものであるという理解をするおそれがあるが、申告納税方式の国税については、右規定により、納税者のする申告によつて納付すべき税額が確定することを原則とするものの、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が税務署長らの調査したところと異る場合等には、税務署長らの決定や更正等の処分によつて確定するとされているから、原告の配布した右ビラは、申告納税制度の片面のみをとらえたもので、原告の右ビラから、前記の如き誤つた理解を納税者にされるおそれが十分にあつたので、国民の納税義務の適正かつ円滑な履行の実現を使命とする税務行政庁たる大阪国税局及び和歌山税務署は、所得税の確定申告期(二月一六日から三月一五日まで)を目前に控えていたこともあつて、原告会員及び納税者に対し、原告の右ビラから申告納税制度について誤つた理解をしないように注意を喚起するとともに、あわせて申告納税制度に対する正しい理解と協力を求め、申告期限内に適正な申告書を提出するようにすすめる目的で、本件ビラを配布したものである。
2 本件ビラは、原告が主張するように、これを読む人に、原告が好き勝手な金額による税金の申告をすすめている脱税団体であるかのような印象を与える悪質虚偽の宣伝では全くなく、原告の自主申告についての宣伝が不正確で誤解を招きやすい内容のものであることを指摘したにすぎないものである。
すなわち、本件ビラの内容は、まず、原告が、「税金は自分で決めるもの」「税務署で決めるものではありません」と宣伝している事実を掲げ、次に原告のその宣伝は、税務署が税額を決めるものではないとことさら一義的に断定していることから、好き勝手な金額でも自主申告をしておけば、その申告額を超える税金を負担することがないというようにも印象づけられる可能性があるので、この点を指摘して、納税者が原告の前記ビラを読む際、誤つた理解をしないように注意を呼びかけ、自主申告は、正しい申告を前提としていること、納税者が誤つた申告をしても税額は確定するというものではないこと、誤つた申告によつて税額が最終的に確定するならば、不誠実な納税者の利益において誠実な納税者が不利益を受け、税負担の公平が保てないこと、従つて、自主申告とは、納税者が自己の所得を正しく計算して申告することであることを解説したうえ、納税者が自主申告について正しい理解を持つて協力するよう呼びかけ、国税通則法一六条一項一号の全文の趣旨を紹介したものである。
第三証拠 <略>
理由
一 原告の前身が和歌山民主商工会であることは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、請求原因第1項のその余の事実が認められる。
二 被告が大阪国税局及び和歌山税務署名義で、和歌山市内において購読される昭和五〇年二月二〇日付毎日新聞朝刊紙の折り込み広告として、本件ビラを配布したことは、当事者間に争いがない。
三1 本件ビラが配付されるに至つた経緯について検討するに、右争いのない事実及び<証拠略>によると、次のような事実が認められる。
(一) 原告及びその前身和歌山民主商工会は、和歌山税務署が、申告納税方式の国税について納税者に付して行つていたいわゆる税務相談が、税務署の指導により必要以上に税金を賦課するものであるとして反対し、納付すべき税額は、法律に従つて納税者が自分で計算して申告すべきで、税務署と相談して決めるべきではないとして、その旨を宣伝していたところ、その一環として、原告は、和歌山市内において、昭和五〇年一月七日付朝日新聞朝刊紙に、折り込み広告として別紙四記載のビラを、和歌山市内に配布した。
(二) 原告の配布した右ビラには、「白色・青色・法人も自主申告で税金はきまります」との見出しを付け、「税金は自分できめるもの」「税務署が決めるものではありません!」「国税通則法第16条……納めるべき税額は、納税者のする申告により確定する……」との文言が記載されているが、原告の右ビラには同法同条一項一号に原則に続けて規定している例外部分の記載がなかつたので、右ビラに記載しただけの文言であれば、原告の前記のごとき真意はともかくとして、これを読む者には、納付すべき税額は、どんな金額ででも申告さえすれば直ちに確定するかのような誤解を与えるおそれがあると考え、かつ、所得税の確定申告期限が間近にせまつていたこともあつたので、和歌山税務署の当局者は、大阪国税局の担当者と協議のうえ、両者において、納税者に対し、原告の右ビラから生ずるおそれのある右のような誤解を持たないように注意を喚起し、あわせて申告納税制度の知識を高める目的で、和歌山市内において、昭和五〇年二月二〇日付毎日新聞朝刊紙の折り込み広告として本件ビラを配布した。
2 原告は、被告の本件ビラ配布は原告の組織を破壊する意図でしたものであると主張し、<証拠略>には、右主張に副う部分もあるが、右は推測の域を出でず、前掲各証拠にてらしてにわかに採用できない。他に前記1認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。
四 右事実関係のもとに、本件ビラの配布が不法行為にあたるか否かについて検討する。
本件ビラには、「民主商工会の宣伝にまどわされないようご注意ください」との見出しがあつて、その「宣伝にまどわされ」という言葉は穏当でないが、しかし、次に「和歌山西部民主商工会は「税金は自分できめるもの」と宣伝しています。それは、あたかも、自主申告が好き勝手な金額でもよい、というようにも受けとれます。」との文言が続いているのである。ところで、国税通則法一六条一項一号には、なるほど申告納税方式では、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則として規定しているが、これに続いて、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が法律に従つていなかつた場合その他該当税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り、税務署長等の処分により確定する旨定めているのであるから、この例外の部分を欠落している原告が配布した前記ビラを見ると、前記のような誤解を生じるおそれがないではないので、本件ビラは、それに対する注意を促しているものとみられるものである。すなわち、原告が「税金は自分できめるもの」と宣伝していることは、原告の前記ビラにそのままの文言が使われていることから明白であつて、これに続く「それは、あたかも……」の文言は、原告のビラから受ける一般的な印象を言つたもので、原告のビラによつてそのように誤解されるおそれを述べているに過ぎず、その後に記載の文章及び国税通則法第二六条第一項一号として掲げている内容など本件ビラをし細に見ても、原告の名誉及び信用を毀損する内容のものとは認められない。本件ビラは原告の名誉及び信用を毀損するものではないし、ましてや原告の組織を破壊する目的でなされた、原告の結社の自由を侵害するような文面であるとは到底認められない。
五 そうだとすると、その余を判断するまでもなく、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 惣脇春雄 川波利明 礒尾正)
別紙一、二、三、四 <略>